米国Juniata 大における理科教育改革について

落合栄一郎


日本の教育界で「理科離れ」が話題になってかなりの時がたったようですが、有効な
手が打たれたのかどうか詳らかにしません。アメリカでは、1983年に大統領の諮
問機関が、「危機に瀕する国家」という報告書で、教育(特に数学および理科)での
教育程度の低下が国家の安全をも脅かしかねないと警告して以来、実に様々な試みが
なされてきています。私が教鞭をとるここJuniata 大はとくに高校以下の理科教育の
改善に力を注いでおり、その方式の一部は、全国的に模倣され始めています。そこで、
我々がやっていることを簡単に紹介しようと思います。日本での理科教育改善のた
めにいくらかなりとも参考になれば幸いです。
 まずはJuniata大 の簡単な紹介から。1876年創立の所謂 liberal arts and sci-
ences collegeの一つで、ペンシルバニア州のほぼ真ん中 Huntingdonという町にあ
ります。文科系、理科系あわせて18学科、学生数1100人。伝統的に理科系が強く、
今年のノーベル物理学賞受賞者のWillam Phillipsは当校出身。なお、www.juniata.
edu も参照してください。
 アメリカで理科教育の改善の骨子となる思想は「hands-on」(経験学習)で、実
際に手を下してやってみることが最も効果的であるということで、以下のプロジェク
トもこれに基ずいている。

[A] Outreach Program-A: 
 1985年私が化学科の主任をしていたころ、周辺の高校教師理科(化学)教育に対するいろいろな問題点、不満などの声がきこえてきた。
我々自身も入ってくる学生達の理科/数学学力の低下には多大な関心を寄せていたの
で、高校教師の声をきくために、会合を呼びかけた。その結果、Juniata 大とあらた
に創ったCentral Pennsylvania High School Chemistry Teacher's Association (CP
HSCTA)で、理科教育改善のための方策を全米科学財団(NSF) に提案し、5 年間で百
万ドルの資金を獲得した。当大学では、それにプラス百万の寄付金を集めて、計2百
万ドルで5年間のOutreach programを始めた。主な内容は:(1)トラックで化学器
具を参加している高校(25校)に運び、使用に供すること、使用済みの器具を他校
に持って行くこと。なお参加の高校は当大学を中心にして半径80 kmぐらい。器具
の主なものは、FTIR, ガスクロ、電子天秤、pHメーターなど。それぞれの高校では
、これらの器具を使った学生実験を計画し、他校との調整をはかる。これがこのプロ
ジェクトのおもな仕事なので、Van (トラックのこと)projectという名でも知られて
いる。(2)夏休みに高校教師のための研修会(workshopー学生実験の創造と検討)を
行う。(3)高校生が、これらの器具を使った研究を行い、その発表会を当大学で行
う。(4)随時講師を招いて、高校教師のための研修会を催す。
 現在は私の同僚がdirectorを勤め、高校教師経験者をトラック運転手に雇ってい
る。運転手はものを運ぶばかりでなく、器具の説明、実験の指導もできなければなら
ない。このプロジェクトは全米のTV networkの一つであるABC (American Broadcasti
ng Corp)で全国的に紹介されたことも手伝って、かなり知れわたり、現在、全米の各
地で模倣されている。とくにアラバマ州、デラウエア州では、州政府が運営している。
このプロジェクトが広く用いられる理由のひとつは投資効率が良いことである。器
具類はほとんど遊ぶ暇なくどこかで使われているからである。当大学では、1992年に
NSFのグラントがまた5年間更新され、その機会にピッバーグ近郊の20校からなる
分室ができ、また当校には生物関係も加えた。今年はNSFのグラントも切れたので、
州政府に働きかけて、州政府の教育予算で全州的なプロジェクトにすべく努力中で
ある。 

[B] Outreach Program-B: 
 上に述べたOutreach projectの生物部門から派生したもの
である。当校には、湖に隣接した大きな演習林がある。ここには、ちょっとした宿泊
施設もついた研究施設がある。そこでこれを中高校生達に解放することにした。湖の
水質検査、生態、森林/草原などの動植物の生態観察、湿地帯の浄水効果などといっ
たことを、1日から場合によっては数日行える。学校単位で、20ー30人の学生が、
ほとんど毎日一年を通じてやって来ているようである。Director一人と数人の学生
の助手で運営している。これに参加するのは無料であり、当校の費用は種々の機関、
個人からの寄付で賄っている。ペンシルバニア全域およびその周辺の州からの学生も
受け入れている。

[C] Science Olympic:
 全米規模のサイエンスオリンピックなるものが、この10年
来行われている。そのペンシルバニア州大会が当校で毎年春に行われる。これは、学
校対抗の理科のゲームである。日本にあるロボットの学校対抗戦を想像して貰えばよ
い。但し多くの学校、生徒が参加できるように、物理ー化学ー生物ー地学などあらゆ
る理科系の問題を含むようにまたあまり難しすぎないようにしてある。生物種の同定、
化学適定、水ーロケット、その他、50種ほどの競技種目がある。この大会で1、
2位のチーム(学校)が、全国大会に出場する。この州大会も全国大会も、公の機関
からは一銭の金も出てはいない。民間からの寄付に依存している。

アメリカ全体では、このほかにも実にいろいろの試みがなされていて、近い将来にそ
の成果が徐々に現われてくるものと思う。日本に入試という大きな障害物があり、理
科嫌いを増やすのに貢献しているのではないかとも思うが、大学人に入試改革をせま
ることもさることながら、それ以外にもなにかできることがあるのではないかと思い
ます。そのための参考になれば幸いです。なお詳細をお知りになりたい方は下記にご
連絡ください。


Ei-Ichiro Ochiai(落合栄一郎)
e-mail ochiai@juncol.juniata.edu
Department of Chemistry
Juniata College
Huntingdon, PA 19962, USA
tel 814-641-3651 fax 814-641-3685

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